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mamaokapi in hawaii

カテゴリ:出産と生後5ヶ月まで( 1 )

わたしがママよ!はじめまして。


 あの感動のご対面から、はや7ヶ月が過ぎようとしています。まださめないうちに、記憶をたどりながらSHOとの思い出を少しずつ、たどっていこうと思います。

 結婚して4年目にして授かった長男SHO。つわりもそれほどひどくなく、体重が減ることも一度もなく順調にお腹の中で育ってきました。出産予定日は5月中旬。4月まで、ずっと体位が横向きで、ひょっとしたら帝王切開なのかなぁって心配したこともあったけれども、Mとの海での水泳ヨガ(Watsu)で、ぎりぎり無事に頭を下げてくれました。
 予定日近づく5月3日は、弟たちの結婚式をハワイで挙げることになり、両親も少し早めにハワイ入りすることになりました。わたしが出産間近ということ、弟の休みがなかなか取れないということ、何より彼はサーファーであるということで、彼らはハワイ挙式することに。でも、予定日はかなり先なので、Drからは、余裕持って式に望めるわよと先の検診で太鼓判を押され、わたしも楽しく両家のハワイ旅行に便乗しておりました。

 挙式の翌日、検診日。「まだまだ子宮口は固いので、この調子だと予定日過ぎても産まれそうにないねー、ご両親の滞在ももっと長引くかも。」と言われながらも最後のチェックで、羊水がかなり減ってきてるとの指摘!Drは、「じゃ、今日入院して明日産みましょう。」と、予想外の展開に見舞われました。
 家族みんながワイワイ楽しんでるのをみて、SHOも待ちきれなくなったのか!わたしもはしゃぎすぎたのか!とにかく、急いでMに電話、受話器の向こうの彼の声は少しウルウル。
 陣痛も無いけれどもとにかく入院と聞いたら、バケーション中のうちの両親もびっくり。昨日の結婚式の感動に引き続き、初孫が産まれるってもんで、彼らもドキドキ。

 出産を迎えるカピオラニ病院は、何度もマタニティクラスで通った病院。とうとうこの日が来たのね!って、ちょっと神妙な気持ちでMとチェックイン。
 羊水は減ってるとはいえ、以前子宮口は固いまんま。もちろん、陣痛なんて無いし、変な感じでベッドに横たわり、子宮口をやわらかくする薬を少しずつ投与。
 何が辛かったって、血管確保の針入れ。これが何度も失敗。わたしの血管はSUPER細く、柔軟性に富んでてナース泣かせのつわもの。これじゃ、いざって時に詰まる恐れがあるので、夜中に麻酔科のDrがきて、点滴しながら血管を確保することに。

 翌朝、運命の5月5日、Boy'sDay。引き続き薬を投与しつつ、少し開いたってところで、陣痛促進剤も入ります。
 この陣痛、マタニティクラスで練習したものの、いきなりやってきたものは、かなり手ごわい。
 お昼前になり、子宮口もかなり開き、陣痛も順調。破水させるも、痛くてうまく進まない。そこで、背中から無痛分娩の麻酔をしてもらう。この麻酔が効いているであろう瞬間、無事破水。がしかーし、何故かその後、この陣痛の痛みはおさまらないばかりか、拍車がかかってくる。
 全然効かないよーと涙目で訴え、二度目。少しだけ効いてるよな気もするけれどもかなり疲れて・・・。この間、広い病室には、わたしとMの二人っきり。ちょっと目がうつろなわたしを必死で呼吸法でリードしてくれるM。何人ものナースに見舞われるよりも、ずっと心強かったよ。
 そうそうしてるうちに、やっとDrとナースが書類を書き終えてやってきたときには「子宮口全開よ!もう少し」って言いながら、Drあわてて、その場でマスクやらゴーグルやらを着けてました。
 最後のりきみのときには、ようやく麻酔が効いたせいか、正気でいれたような気がします。
 この状況、陣痛促進剤がいきなり効きすぎたのが原因とも言われています。

 そして、SHOがやっとの思いでわたしたちのいる世界に現れた瞬間。全身の力がどっかにいった気がして、わたしはぼーっとMの顔を眺めていました。そして、小さい小さいSHOを抱っこ。SHOは恐ろしく透き通るほどの肌の白さで、一生懸命呼吸してて、何かを伝えたそうにもがいてるようにも見えました。この腕に抱きしめたとき、「いとおしい」って言葉、こういう時に使うのかなって思ったりしました。

 元気に産まれてきてくれて、ありがとう。SHO.わたしがママよ♪これからもよろしくね。
 
 母乳がすぐに出てくれなくて、Hawaii Mothers Milkのラクテーションスペシャリストの指導のもと、ちょっぴり不安材料を抱えながらも、親子そろって翌日退院しました。
 離島に遊びにいってた弟たちも、病院にお見舞いに来てくれ、GoodTimingで家族全員、ご対面が果たせました。
 
 TUBEのコンサートの花火の間も、ストローラの中でひたすら眠っていたSHO。この頃から週末は、お外へ出るようになったかなぁ。まだまだストローラを押すわたしの手もぎこちなかったです。
 日本のおばあちゃんが帰ったのは、わたしの一ヶ月検診の後。いつまでも甘えていられず、涙のお別れ。そして家族三人の新生活がそこから始まりました。Mの大きなバックアップのもと、毎日が育児書とのにらめっこでした。

 二ヶ月くらいで乳房の痛み(乳腺炎になるかと疑った)も随分と和らぎ、SHOも上手に飲めるようになり母乳も絶好調!あんなに恥ずかしかった屋外での授乳にも、少し余裕が出てきました。

 三ヶ月は、今思えば一番楽だったのかも。夜中の睡眠もぐっすりとってくれるいい子で、ボトルも嫌がらずに受付OK。友達やMママに子守をお願いして、Mと映画デートを楽しめる余裕もありました。

 四ヶ月は、出雲大社に100日参りに出かけました。ちょうど産まれて100日目が土曜日だったので、弟が使った晴れ着を貰ってお祓いしてもらいました。バウンサーで音楽にあわせてよく踊ってました。この頃から頭が大きく感じるようになったかなぁ。
 
 五ヶ月は、少しずつ夜中の授乳が増えてきて、夜中が大変になってたのがこの頃。喜怒哀楽をはっきり示すようになってきました。ようやく寝返りが出来るようになり、すごく嬉しかったのを覚えています。

 それから先のお話は、忘れない程度に少しずつこのBlogで書き足していこうと思います。

 
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